ストリートスナップに対するわたしの考え

神戸ファインダーをご覧いただきありがとうございます。Aki(@Aki_for_fun)です。ストリートスナップについて考える機会がありましたので、ここでわたしの考えを整理して書いておくことにしました。

追記(2020年2月7日):

この記事をご覧いただいた感想を聞いているとわたしの伝えたいことがうまく伝わっていない気がしましたので、記事の要点を最初に箇条書きにすることにしました。批判は歓迎しますができれば文章をきちんと読んだうえでご意見いただけますと幸いです。

この記事の要点(要旨と実際の文章では順番が前後します)

  • 人が嫌がる写真を撮ったら自分が良くても社会にカメラ文化を受け入れてもらえなくなります。
  • 特に富士フイルムの広告動画に出てきた撮影手法は絶対ダメだというのがわたしの意見であり、それを富士フイルムが広告として採用したことはより深刻な問題です。
  • プライベートゾーンでの撮影や、人を主題にして写真を撮って公開するなら許可をちゃんととりましょう。無断撮影で無断公開はダメです。
  • だけど公共の場で風景と一緒に人が写っている写真を撮ることってよくありますよね。実はだれもが似たような問題を抱えていて、真剣に考えるとどこまでがOKでなにがダメかは判断が難しいです。
  • 判断が難しいなかで一例としてわたしの考えと撮影スタイルを紹介します。
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富士フイルムの広告動画の炎上を目の当たりにして

富士フイルムが2020年2月5日に新製品のカメラに関するプロモーション動画を公開したところ、その内容が不適切であるとして多くの批判を浴びました。数時間のうちにたちまち炎上し富士フイルムは動画を非公開に変更。関連するプロモーションページも閉じました。動画公開から1日経たないうちに謝罪文の公開までを行う急展開でした。

「FUJIFILM X100V」プロモーション動画の配信停止について | 富士フイルム [日本] 

わたしは動画がまだ公開されているタイミングでその内容を見て衝撃を受け残念に思いました。動画に登場するフォトグラファーは道中で人とのすれちがいざまにカメラをいきなり取り出して間近でシャッターを切っています。しかもひとりやふたりではなく、大勢の人に対して同じことをしていました。

動画の内容を見る限り被写体に許可をとっているとは思えず、むしろ嫌がっている様子が明らかにわかる内容でした。これが富士フイルムの公式の動画で、しかも新製品のプロモーションとして利用されました。つまり富士フイルムがこの撮影スタイルを正当化し、推奨しているとも捉えられます。そのことが多くの人から厳しく非難されました。街中で撮影するストリートスナップを全否定する意見も少なからずありました。

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わたしが写真や動画を撮り公開する理由

当サイト 神戸ファインダーでもわたしが街中で撮影した写真や動画を掲載していますので、決してひとごとではありません。風景がメインなので、基本的にはあまり人の顔が映らないように配慮していますが、場合によっては風景の一部で人の顔が写っているものもあります。正直に申し上げて街中でのスナップの場合ブログ掲載の許可をとっていないことがあります(ただし、明らかに人物が主題の場合や、お店の中の撮影、取材目的などの場合は基本的に許可をとってから行っています。)。

写真の一部に写っている人に掲載をやめてほしいと言われたら原則としてその要望に応じます。でもまったく無関係の人にその写真は掲載すべきでないと言われたらわたしは話は聞きますが掲載をとりやめることはまずありません。これが現時点でのわたしのスタイルです。

わたしがスナップを撮り公開する主な理由は次のとおりです。

  • 街の様子の記録として価値があるから
  • 撮られた人を含めその写真を見た人を幸せにする魅力があるから
  • 自分自身が写真を撮って楽しいから
  • 写真や動画を撮る楽しさ・素晴らしさを世に広めたいから

そして自分が撮った写真を保存し公開するかどうかを決める基準は以下のようになります。

  • 自分が撮られて嫌な写真・動画は保存しないし公開しない
  • 自分が良くても撮られた本人が嫌がる可能性が高いと思ったら公開しない
  • 自分が世に出して恥ずかしくないと信じているものを公開する

わたしが撮影時に気をつけているマナー(2020年2月7日追記)

  • 道の往来をふさいで邪魔をしない
  • 長時間同じ場所にいない
  • 立ち入り禁止の場所・危なそうな場所には立ち入らない
  • カメラを構えたときにそれを気にする人が見えたらカメラを構えるのをやめて、その人に会釈や「ごめんなさい」と声をかけて挨拶をする
  • 友人などと一緒に撮影しているときはより一層まわりに迷惑がかからないか気をつけ、お互いに注意喚起をうながすようにする
    など

わたしはストリートスナップを100%害のある悪いものだとは思っていませんし、逆に100%素晴らしく美しいものとも思っていません。白黒はっきりと分かれるものではなく状況や人によって判断のわかれるグレーゾーンの大きい分野だと考えています。客観的にルールを決めて明確な線引きをすることは難しいでしょう。

なのでスナップの価値も公開基準も突き詰めると主観的なものばかりです。わたしは写真や動画に人がまったく写っていなければ記録として薄っぺらいと思います。また人が写っているからこそとても魅力的に見えるものも多いと考えています。映像の価値を信じているので、被写体となった人はもちろん、多くの人に素敵だと思ってもらえる写真・動画をわたしなりに頑張って撮っています。

一方でわたしがどんなにきれいな言葉を並べても絶対に撮られたくないと思う人もいることでしょう。顔が写ってなかろうが他人に勝手に撮られて記録されるのが不快だという人もいるはずです。実際には記録されなくてもカメラを向けられるだけで嫌だと感じる人もいるでしょう。そういった人に対してはわたしが何を言っても理解してもらえないかもしれません。

撮りたいもエゴ。撮ってほしくないもエゴ。ここでそれぞれの思惑がぶつかります。折り合いがつけられることもあれば、決裂することもあります。そんな様々な事情が混濁するなかでどのように行動すべきか。けっきょく自分が何を信じ何を大切にするかです。
※文末にこの段落の補足を追記いたしました。

わたしは写真には価値があると信じているので、写真家が次々と自粛してストリートスナップを撮る文化が廃れていくのは嫌です。写真はこんなにも魅力的なのに。これがなくなってしまうなんて絶対嫌です。だからわたしは社会にもスナップを撮ることが受け入れてもらえるように行動するよう心がけています。

どんな内容であっても写真を撮られたくない人がいるので、わたしの行動は万人に受け入れられるものではないでしょう。わたしの写真が人を傷つけない、人を不快にしないとは残念ながら保証できません。そうならないように全力を尽くすだけです。

わたしが掲載している人物写真は、仮にそこの人物がわたしだったとしても受け入れられる写真です。最低限そこは守っています。自分がされて不快なことは人にもしません。真摯に写真文化や社会に向き合って行動し続ければ、万人には無理でも多くの人に自分のやりたいことを理解してもらえるのではないかと願っています。

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富士フイルムの広告動画の何が問題なのか

程度の問題であって、わたしも、炎上した富士フイルムの広告動画に出ていた写真家も本質的には変わらないのかもしれません。しかし、わたしは自分とあのフォトグラファーのスタイルがまったく同じとも思いません。

わたしは決して彼のような撮影スタイルを支持しません。自分の撮影欲求にばかり素直で、被写体への迷惑を考慮しておらず、敬意や感謝をまったく感じないからです。あのカメラマンも言葉だけであればそれらしいことを言っていますが、あの動画を見ればその言葉がいかに薄っぺらくて説得力がないかわかると思います。撮られた人たちは明らかに嫌がっているのに、撮った彼はシャッターを切ったあとはそこから足早に去っていきます。少なくともあの動画を見る限りでは、自分が写真を撮ることにばかり熱心で、写真を撮る文化が社会的にどう見られるか全く考えていないように見えました。

過程を一切無視して彼の写真そのものだけを見ればたしかに目をひくものであり芸術的な価値はあると言えるかもしれません。しかし、わたしは「芸術(アート)だから」という漠然とした言葉でそれを正当化したくありません。ほかの著名な写真家が同様のスタイルの写真で世間的に評価されているかどうかなんて関係ありません。外国社会なら受け入れられているかどうかも関係ありません。

カメラの世界の外側の人にもその撮影文化について理解してもらえなければ写真や動画を撮る文化は確実に廃れていきます。カメラを持つ人は全員マナー知らずだと思われたら終わりです。いまは大丈夫でも将来的に法規制されて街中でカメラを取り出すことさえ禁止されても不思議ではありません。

一部の人が社会の信頼を食い潰して活動した結果、ほかの人が写真を撮れなくなるなんて馬鹿げています。真面目な人が写真を撮ることを謹慎して、ほかの恥知らずで自分勝手な奴だけが写真を撮る世の中のどこが健全と言えるのでしょうか。ああいった撮影スタイルを支持することは、ほかの貴重な写真の可能性を閉ざすことにつながってしまいます。

念のためことわっておくと、あの炎上した動画の写真家を支持しないことは彼を攻撃してもよいことにはなりません。わたしは富士フイルムがあのような動画をアップしたことが非常に残念だと思いますがそれだけです。誰かを誹謗中傷したいとは思わないし、誹謗中傷してよいとは思いません。そもそも炎上した動画のフォトグラファーとわたしの間にはその行動スタイルについて優劣はなく、考え方が違うだけです。彼の撮るような写真が大好きな人たちにとってはわたしの主張は受け入れらないでしょう。批判と誹謗中傷は区別しなければなりません。

炎上した事件のなにが問題だったかと言うと、本来なら写真を撮る文化を大切に丁寧に育まなければならないはずのカメラメーカーが様々な前提を飛ばして人に迷惑をかけながら撮影している様子を悪びれもせずに広告動画として掲載したことにあります。社会的に受け入れられるはずもなく案の定炎上。富士フイルムはあの動画を掲載した理由をなにも説明せずに謝罪して広告ページを取下げました。

結果、ストリートスナップ一般に対する社会の印象を損ないました。今のところインターネットの情報に敏感な層に強烈に刺さっただけで社会全体で見れば数は小さいかもしれませんが、今後テレビ・新聞などのマスメディアで取り上げられるとより広く深刻な影響を持つ可能性もあります。この炎上を機にストリートスナップに対する風当たりは強くなり、カメラ愛好家の間でも撮影を自重する風潮ができてしまいました。

より多くの人に写真やカメラが素敵だと思ってもらうためには、その芸術性だけ訴えても理解されるとは思えません。写真や映像制作の文化に密接に関わるカメラメーカーにはもっと慎重に行動してもらいたいです。仮にストリートスナップの是非を世に問いたかったのだとしたら、富士フイルムはもっと丁寧に動画の意図を説明すべきでした。しかしそれもできずにただ動画を取り下げて謝罪の言葉だけを述べてお茶を濁すにとどまりました。

富士フイルムは個人的に好意的に見ているメーカーでしたが今回の一連の流れを受けてイメージは悪くなりました。一方で富士フイルムもたくさんの人の集まりで、また様々な歴史あって今があるので、この一件だけで富士フイルムのすべてを評価するつもりもありません。今回のことはまったく支持できないことをここに表明したうえで、今後のいく末を見守りたいと思います。

 

最後にわたしもカメラに関するメディアを運営する立場として、あるいはカメラ愛好家のひとりとして節度ある行動をとっていきたいと思います。今後とも神戸ファインダーをよろしくお願いいたします。

 

なおストリートスナップのあり方について伴貞良さんの文章がとても共感するとともに参考になりましたのでご紹介いたします。

参考:自己顕示欲ベース|伴貞良|note

追記(2020年2月8日):富士フイルムが問題の広告動画についてITmedia NEWSの取材にこたえました。
道路使用許可なし、警察の職質シーンも――富士フイルムのカメラ販促動画炎上、削除までの一部始終 (1/2) – ITmedia NEWS

BE KOBE前でのスナップ

神戸でのスナップの一枚

 

追記(2020年2月7日):
「撮りたいもエゴ。撮ってほしくないもエゴ。ここでそれぞれの思惑がぶつかります。折り合いがつけられることもあれば、決裂することもあります。」

この文章の「撮られたくもないもエゴ」という言葉の意味がわからないというご意見をいただきましたので補足します。この文章はものごとを一般化、あるいは抽象化して説明したものでしたので、具体例を用いて説明します。何度も申し上げますが、写真を撮る、撮られるというのは様々な状況や、それをどう捉えるかという個々人によってどこにアウトラインが引かれるか変わってきます。なのでいくつか公共の場の状況を思い浮かべてみましょう。

例えば、静かで落ち着く公園のベンチに腰かけてくつろいでいたとします。その様子を通りがかりの人にカメラで写真を撮られたとします。この場合、おそらく多くの人が写真を撮るべきではないと考えるのではないでしょうか。撮りたいエゴが如実に現れた例です。この場面では「撮られたくないエゴ」の意味は理解できないかもしれません。

では観光地の場合ではどうでしょうか。多くの人がきれいな景色の様子の写真を撮っています。たくさんの人で賑わっているので撮影した写真にはほかの観光客が映り込んでしまいました。この写真をそのままインスタグラムやフェイスブックなどにアップしたとします。

この場合はどうでしょうか。やはり撮った側が非常識で、その写真をアップするなら許可をとるか関係ない人物はモザイクなどで隠して処理しなければならないでしょうか。そう考える人ももちろんいると思います。一方で、観光地は多くの人が集まって写真を撮るものなのだからすこし映り込んでいいるくらいいいじゃないか、と考える人もいます。なかには観光地で写真を撮って人が映り込むのは当たり前のことなので撮られたくないというのは過剰反応で身勝手なことだと考える人もいます。つまり「撮られたくないエゴ」だと考えることもあるわけです。

どちらが絶対に正しいということはなくそれぞれの思惑があります。こういった事例を一般化してわたしは「撮りたいもエゴ。撮ってほしくないもエゴ…」という表現を用いました。わたしはまわりへの配慮を徹底しなければ写真を撮ることを社会から理解してもらえなくなるので、きちんと迷惑にならないように撮らなければならない、という意見です。しかし、明確なラインが決まっているわけではないので、わたしが配慮しているつもりでも失礼に感じられることもあります。それがこの問題の難しいところだと思います。多くの場合、人は自分の常識が正しいと信じているのでお互い歩み寄るのが難しいでしょう。だからこそカメラ愛好家が謙虚な姿勢で社会に認められる努力を尽くすよう願っています。

 

記事公開後にいくつかご意見を頂戴したので下にご紹介します。わたしの補足もあります。読者の皆様がこの件について考えるときの参考になれば幸いです。
なお、わたしは自分が絶対的に正しいとも思っておりませんし、考えを改めることもあると思います。議論に応じることもできます。批判は歓迎しますが、誹謗中傷はおやめいただけると嬉しいです。

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